ぽんこつやじーのたけのこブログ

IT業界で野生のPMとして働く0歳男児の母です。「自分がご機嫌でいられる育児」を目指して日々トライアンドエラーなう。以下経歴:オレンジのSNS企業でもりもり働きまくる→寿退職→夫婦で世界一周→東京で起業し、野生のPMとして活動中!いんたーねっつ文化、映画、漫画、本、など二次元に生きてます。三次元のものではお酒と食べ物が好きです。

世界一周8ヶ月の旅から帰ってきてかんがえたことまとめ

昨日で、およそ八ヶ月間の、長い世界一周の旅が終わりました。
長かったなー。楽しかったなー。また、日常に戻るんだなー。

別にね、「人生観が180度変わった!」とか「新しい自分に生まれ変わった!!」という劇的な変化はないですよ。でも、たくさんの事を見て、学んで、感じて、なんかちょっと太く、たくましくなった自分がいるような気がする。今まで無かった視点が加わって、考える幅が広がった気がする。

それは、ともすれば日本に帰って生活していたら忘れてしまうようなふんわりとしたものだから、がんばって文章にまとめたいなあと思っております。

何故世界一周に行こうと思ったのか?

世界一周にいくぞーと先に言い出したのは旦那さまでした。

もちろん、8ヶ月日本で待つよ~と言う事もできた。でも、自分の貯金を使い果たしてでも、前職のみんなにでっかい迷惑をかけても、どうしてもそのラッキーを手放しちゃいけないと思ったのは、元々自分に世界を見に行きたい欲求があったから。

今、25歳という年齢で、自分の人生やそのフィールドを自分自身で決めるチャンスは少しずつ減っていっているなあという焦りがあった。じゃあ今すぐ決めようと思った時に、戦う場所は日本なのか?アジアのどこかなのか?それともそれ以外なのか?

これから10年、日本しか生きる所が無いということに危機感があったし、危機感をさらに具体的に持ちたかったし、他国の市場の可能性についても強い興味があった。まさにその時アジアやアメリカに飛び込んでいた親友r1cchaの存在もあって、強く、「行かなきゃ!自分で見なきゃ!」と思ったわけです(。・_・。)まじめ!

「次の十年、何に、どこでコミットするのかを決めに行こう」
そんな話をして、夫婦で世界一周という大決断をしたのでした。

背中を押してくださったみなみなさま、前職のみなさま、ほんとうにありがとうございました。

実際に行って学んだこと・行ってよかったこと


1) 生きていく場所の選択肢が増えた

世界を歩いてまわって一番感じたのは、「意外とどこでも生きていけるんだなー」「どこでも働けるんだなー」ということ。逆に言うと、どこででも住める・働けるようにならないとなー!と。

そう思った理由は2つ。まずどこの国も実際そんなに変わらないんだなーというのを体感したこと。
駅や空港があってそのまわりに街が栄えて、市場と食堂と中心となる宗教施設があって、発展するとそこに何かしらの公共交通機関ができて街が広がって。本当にどの国に行っても同じ。もちろん貧しい国と豊か国の差はあるのだけど、あくまでその度合いが違うだけで、大きくは変わらない。

世界一周に行ったら「世界はなんて広いんだ!」「なんて違うんだろう!」と思うかなと想像していたけど、むしろ「世界はなんて狭いんだ!本当にどこも一緒だ!!」とびっくりすることの方が多かった。

まして発展した国には大体アジアンマーケットがあるし、お金を出せばいくらでも美味しいレストランやきれいな宿はある。日本人が本質的に絶対に住めない国なんて、治安がどうしようもなく悪い国くらいじゃないかというのはひとつの発見でした。
(私自身は日本食や日本酒の食べ飲み歩きに執拗なこだわりがあるので、実際に日本以外で住めるかというと大きなハードルはあるのですが……/(^o^)\)

強いて言うなら、日本人にとってネックになるのは英語力くらいじゃないですかね。それも今回の旅行を通して、生活するのに困らないくらいは喋れるようになったかなあという感覚があるので、生きる場所の選択肢を増やすためにも、今後も語学の勉強は続けていきたいなあと考えています。

2つ目は、自分がこれまで思っていた以上に、「国」はめまぐるしく変化しているということ。自分が想像していたより早く国は発展もするし、衰退もするし、突然危険にもなる。そういう時に、ひとつの国しか住む選択肢が無いのと、それ以外の選択肢を持っておくのとどちらが良いかは自明だなと。
まして日本以外の国に住もうと思った時に、それを実行に移すのは早ければ早いほど良い。

実際仕事のことを考えると今すぐ海外で働くという可能性はそんなに高く無いと思うのですが、常に選択肢をもう一つ以上持てる状態をキープしておきたいなーといったことを思いました。

長期的に、私達は一体どこに住んで、どこで働いて、どこでこどもを育てていくんだろうねという話を夫婦でできるようになったのは本当に大きな変化でした。

2) 自分がいかにものしらずだったかということを知れた

もうね。本当に、恥ずかしいくらい、自分はなーんにもしらなかったんだなー!!!/(^o^)\という事を実感する日々でした。

わたくしまさに未履修世代でして、世界史を受験で勉強していなかったというのもあるのですが、世界史の大きな流れやその中で日本がどんな道を辿ったのか、近代史が現代の政治にどんな影響を及ぼしているのか、経済って結局どういうことなんだっけーなどなどいうことを知識としてもぼんやりとしか知らなかったし、知識として知っていたつもりだったことも、この旅で初めて、実感として理解した事ばかりでした。

宗教については元から興味があったので貪欲に勉強していたのですが、宗教×歴史×経済を絡めて学ぶと全然違った世界が見えてくる。

旅をしながらやまほどの本を読んで、まさにその歴史の現場を目にして、現代という「結果」を目にして、というサイクルの中でものすごいインプットをし続けられたのは本当に良い肥やしになりました。kindleさまさまだったなあ……


そのうちこの時読んだオススメの本や歴史で学んで面白かった事とかもブログでまとめられたらなーと思います。

3)「国」というものに対する見方が変わって、政治に興味を持った

元々政治とか経済とかむつかしーことは食わず嫌いだったのですが٩(๑❛ᴗ❛๑)۶
この旅中は、全ての国の経済状況・歴史・文化・政治・宗教について学んでから入国するようにしていました。平行して複数の国について学んだおかげで、相対的に国を見渡して学ぶことが出来たので、とってもよかったなーと感じています。世界一周旅行者にはWikipediaでさくさく学習がおすすめです。

そうやって国について学んでいると、国って別に企業と変わらない。どちらも、限られたヒト・カネ・モノで、みんなが食っていけるだけの利益を出し続けなければいけない共同体なんだなあとかんがえるようになりました。

もちろん、国の方がはるかに制約条件が大きいです。ヒトの流動性が圧倒的に低いし、モノ(資源)は先天的なものでアンコントローラブルだし。(昔はその点は戦争が解決していたけど、今はそう簡単ではなくなっているし。一部を除き。。。

そんな中で、ここ数年で国家間のヒトの流動性がどんどん上がって、テクノロジーが発展して資源だけの戦いでもなくなって、ナショナリズムといったものもどんどん希薄になっていって、その結果、今後はさらに国と企業はほとんど変わらない存在になっていくんじゃないかなあと。むしろそういったルールになったと考えて国は戦略を立てないとダメなんじゃないかなあと。

例えばシンガポールやマレーシア、北欧諸国なんかはもうまさにそのルールで生きていて、国を訪れてみても圧倒的にレベルが違う。よく整備された街並みに、賢くて朗らかで教育レベルの高い国民。国も富裕層(良い中途社員)を集める為の福利厚生の整備をして、自国民(プロパー)に対しても長期的で戦略的な社員教育を徹底、一次産業や二次産業等の座布団事業を安定化させる為の法整備に、新規事業創出の為の資本確保もしっかりと。国民もそれらの戦略をよく理解した上で行政に参加している。民度が圧倒的に高い。

それが政治だと言われればまさにその通りなのですが、彼らはもうとっくに国内産業の保護や単なる雇用創出事業や無益なナショナリズムの争いなどからは卒業して、グローバルな戦場で競争しているんだと考えるとこれぞ先進国だなあと、なんか焦りを感じた。

逆に、日本やヨーロッパのいくつかの大国は完全に死に体の大企業。どの国も社員を増やしすぎてコストが膨らみ続けている一方、既存の主力産業は下降線。国の戦略も見えないから国民はみんな政治にそんなに興味がない。ただただ誰かが新規事業を成功させてくれるのをひたすら祈っているけど、、、という感じ。そういう意味で新規事業を当て続けているアメリカはやっぱりクールな国だよなーなんてことも感じました。

国を企業と考えると、途端にとっても理解しやすくなりますよね。

ただ同時に、国と企業には決定的な違いがひとつあって。企業は例外なく「継続的に利益を創出し続ける」ことがミッションだけれど、国によってその定義は異なってよいということ。ブータンの幸福指数の話は有名ですが、別に経済的に発展しなくとも、国民がしあわせならそれでいーじゃんっていうのもひとつの選択肢なわけです。

日本というこの国も、まさに経済的に沈みゆく中で、「絶対にGDP3位からは落ちないぞ!今の生活レベルは落としたくないぞ!!!!」とがむしゃらに改革をするのか、それともこのまま「別に貧しくなったって、それなりに幸せならいいよね~。」という選択肢を取るのか、というのはどちらも有りなんですよね。そこまで極端な選択をすると資本主義vs社会主義みたいな話になってしまうのでアレですが、すくなくともどれくらいのポジションを狙っていくの?どんな世界になったら幸せなの?というビジョンが見えるといいなあって。そしたら社員(国民)も自分の将来を選べるようになるのになあ。

そして、そんなことを考えていると、やっぱり60~70年代に「一億総中流社会」というビジョンはっきりと打ち出してやりとげた当時の日本の政治家のリーダーシップはやっぱすごかったよなーみたいなことをぼんやり思ってしまう。すごい、ほんとに。それをやり遂げられた国は他にどこも無い気がする。

4) 資本主義経済がいかによくできた仕組みなのか学んだ

さてさて、とはいえですね、実際「お金が無いと国はなかなか幸せにはならないぞ!!!!」というのも今回学んだことだったりします。実際、資本主義っていうのは素晴らしいシステムで、現時点で大衆が幸せに生きていく最適解に最も近いんだなあと。

今回国を回っている中で、やっぱり資本主義国と社会主義国の差というものを実感する機会は多かったです。旧西ドイツと東ドイツの発展格差には驚いたし、ロシアも、カンボジアも、元が社会主義国だった国っていうのはやっぱり未だに大きな闇を抱えている。

資本主義=豊かな国というわけではないけれど、やっぱり経済的に発展していない国は、どうしても人や雰囲気が荒くなるし、軽犯罪も多い。
はじめ、東南アジアのいくつかの国をまわった時、実はすごーーーくストレスでした。全然楽しいと思えないくらいだった。ちょっと油断をすれば騙されるし、ぼったくられるし、きちんとお金を払ったものでさえコミットしてもらえなかったりして、本当に悲しかった。日本人と見れば、「お金持ちが来たぞ٩(๑❛ᴗ❛๑)۶」みたいな目でしか見てこない人も本当にいるんです。(もちろんその分いい人もいるのですが!!!観光地の悪い人だけの話です。)

そうしたら段々自己嫌悪にも陥ってきて。
日本では、「ダマされるかもしれない」「自分が損するようなことをされるかもしれない」とそもそも疑わないから、習慣的に契約の確認や証跡の確保、あるいは価格交渉なんかはしないですよね。その結果、「これがビジネスの交渉の場だったらゾッとするなあ」という騙され方も何度かして、自分ってこんなに仕事出来なかったっけか。。。と悩みました。こんなに金銭に貪欲な人たちと、交渉を知っている人たちと、今後日本人はビジネスの場で戦っていけるんだろうか、みたいなことまで考えました。


でもその頃ちょうど松下幸之助の本を読んでいて、「とにかく相手の為になることをしなさい」「まずは信用してもらうことを目指しなさい」という言葉を読み続けていたら、いやそうじゃないぞと。日本が当時経済発展したのは、諸々の環境要因もあっただろうけど、何より当時の経営者達が人の幸せを願って、人類の進化を願って、がむしゃらに働いたからなんじゃないかーと無償に腑に落ちた瞬間があったのです。

これは「日本人だったから発展したんだ」みたいなナショナリスト的な話ではないです。ニワトリタマゴなのですが、やっぱりビジネス・資本主義の基本は「お客さんを喜ばせて対価をもらうこと」で、そのためにまず人への思いやりやモラルが無いといけないのです。人を喜ばせたらお金が生まれて、そのお金がさらに人を喜ばせることができるなんて、実感してみると本当にすごいことなのです。そうやってお互いを幸せにしていたら、ビジネスがうまくいくから国が豊かになって、豊かになるから人の心にも余裕ができて、というサイクルそのものが資本主義のすごさなのです。だから、経済的に豊かな国でサービスを受けると大体すごく気持ちがいい。彼らは、お客様を喜ばせることが、儲かることだということを骨身にしみて知っているから。

こうして書いてみるとほんとーに当たり前の事なのですが、なんだか資本主義の国に生きて、顧客に価値を与えることにコミットすること=働くことってなんて幸せなんだろう!!!ということを改めて思えた、私にとっては大きな体験だったのです。

ちなみに、そんな感じでだいぶ叩かれたので、後半はお金関連で失敗したりダマされることもだいぶ減りました。たくましくなったな、わたし。。。ほろり( ;∀;)

まだまだこういうことを書き続けたらいくらでも書けるのですが、もう既に大分長いので、このくらいにしておきます。また別の機会に!

最後に、日本について思うこと

結局ですね、結論としては次の数年はまだ日本でがんばりたいなと思っています。

世界をまわっている中で、日本に関してはやっぱりショックというか、危機感を覚えることがとっても多かった。

5年前にアイルランドに留学していた時は、そこら中、日本製品しかなかったのに、今はスマホショップにいってもSONYは一台か二台展示があるかないかでほとんど韓国・台湾・中国製品ばっかり。電化製品も同じ。車でさえ日本車のシェアは減っているのを感じた。アジアや中東では散々「日本はテクノロジーの国なんだろう?」と言われるけれど、サンフランシスコに来れば、日本のスタートアップなんてほとんどない。

個人が海外旅行をできるだけの資産を持つ豊かな国の中で、日本人ほど英語をしゃべれない国民なんて全くいない。

そんな中で、突然日本の自画自賛系メディアが増え、隣国叩きが苛烈化し…というのを見ていると、まじめに今日本人が自信を失って、ビジョンが見えない未来に無力感を覚えているんだなあというのを実感します。(前職の赤字前の状況に本当によく似ている…)

でも同時に、やっぱりそこかしこで日本人のパーソナリティや日本の歴史はすごいなと思うこともたくさんあって。「日本人だよ」って名乗って嫌な顔をする国の人なんてほとんどいない。スイス人と風雲たけし城の話をしたり、フランス人とジブリの話をしたり、カナダ人と黒澤明の話をしたり、タイ人に一蘭の思い出を話されたり、フィリピン人に「けんしんは私の旦那さま!」と宣言されてポカーンとしたり…数え上げたらキリが無いけれど、本当に日本文化の知名度にはいつもびっくりさせられる。

ヒューストンで乗ったUberでは、日本から技術提供やODAを多く受けているアルメニアからの移民のドライバーさんに「東日本大震災の時は、3日間国中が公共交通機関を停めて祈り続けたんだよ。」と言われた。イラクからの移民で、「日本は敵を作らない。代わりにたくさんのテクノロジーを作り続けている。あんなに小さな国なのに!中東の人はみんな日本がだいすきで、尊敬しているんだよ。」と言われたり、こちらもやっぱり数え上げたらキリが無い。

国なんて概念はなくなるんだー!と書いたばかりだけど、一方で、この旅中「日本」というものの人格はすごく強く意識した。日本文化も自分が産んだものじゃないし、ODAも自分がしたわけじゃないのに、すごく誇らしく思った。国なんてものがなくなるからこそ、自分がどこで生きるべきかというテーマを、自分自身に問い続けるべきなんだと思った。

これからも日本が豊かでありつづけるには、やっぱりもう一度世界の進歩や人々の課題を捉え直してがんばるしかないし、それは私達労働世代の役割なんだなあと思ったら、日本国内にせよ、外に飛び出ていくにせよ、もっともっとがんばりたい。日本というこの優しい国が、これからもそうであるように貢献したい。

そういう風に思えたのが、本当に素晴らしい経験だったのでした。
長くなりすぎちゃった。てへ。

改めて、身に余る幸運な体験に連れ出してくれて、旦那さまありがとう!
背中を押してくれたみなみなさま、ありがとうございます!

またがむしゃらに、がんばるぞー!おーーー!!!!!